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大津地方裁判所 平成4年(行ウ)3号 判決 1993年5月24日

滋賀県栗太郡栗東町安養寺一丁目五番三号

原告

小林哲司

右訴訟代理人弁護士

橋本長平

滋賀県草津市大路二丁目三の四五

被告

草津税務署長 伊藤憲司

右指定代理人

山中勢太郎

吉原伸義

竹田優

小西嘉次

角佳樹

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求の趣旨

被告が平成三年一月一一日付けでした原告の平成元年分所得税の更正処分のうち分離長期譲渡所得金額七二六三万七一二五円、納付すべき税額一六九四万六八〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定(但し、国税不服審判所の平成四年三月二五日付け裁決により、一部取り消しされた後のもの)を取り消す。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  本件処分等に至る経緯

(一) 原告は、昭和五一年七月一五日、別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)及び同土地上の同目録二記載の建物(以下「本件旧物件」という。)を訴外大林林業株式会社からの代金二五〇〇万円(内訳 本件土地につき一二一〇万円・本件建物につき一二九〇万円)で買い受け、原告の居住の用に供していた。

(二) 本件土地のうち、原告が居住の用に供していたのは、本件土地のうち四一パーセントに相当する部分であるから、本件土地のうち居住の用に供していた部分の購入代金は、四九六万一〇〇〇円に相当する。

(三) 原告は、昭和六二年一〇月一四日、滋賀県栗田郡栗東町安養寺一丁目五番三号所在の土地を取得し、同所に居宅兼店舗を新築し、本件旧建物から転居したことにより、本件旧建物は、原告の居住の用に供されなくなった。

(四) 原告は、昭和六三年七月、本件旧建物を取り壊し、本件土地を更地とした。

(五) 小松内装工業株式会社(代表取締役原告。以下「小松内装工業」という。)は、平成元年三月、本件土地及び別紙物品目録三記載の土地(小松内装工業所有。以下「本件隣接地」という。)の上に同目録四記載の建物(以下、本件新建物」という。)を建築した。本件新建物は、飲食店が入居できるようなテナントビルであり、原告の居住の用に供されてはいなかった。

(六) 原告及び小松内装工業は、平成元年一〇月二日、有限会社日生サービスに対し、本件土地、小松内装工業所有の本件隣接地及び本件新建物の代金三億二〇〇〇万円で売却した(以下、「本件譲渡」という。)。右金員の内、本件土地の売買代金に相当する金額は、一億二一二四万二三一一円である。なお、原告は、右譲渡に際して、仲介手数料三六六万円を大生不動産株式会社(以下「大生不動産(株)」という。)に対して支払い、また、本件譲渡に際して作成した売買契約書に貼付した印紙代一〇万円のうち、本件土地の対応する価額三万七八八八円を支出した。

(七) 原告が本件旧建物の取り壊した時点における未償却残高は、原告が居住の用に供していた割合である四一パーセントに基づき算出すると、別表2に記載のとおり、四三一万七九四〇円となり、右金額は、本件譲渡に要した費用として控除される。

2  本件処分等

(一) 原告は、平成二年三月八日、被告に対し、平成元年分所得税の確定申告に際し、本件土地の譲渡に係る分離課税の長期譲渡所得(以下「分離長期譲渡所得」という。)の計算につき、租税特別措置法(平成三年法律第一六号による改正前のもの。以下「措置法」という。)第三五条及び第三一条の四の適用があるとして、特別控除額の三〇〇〇万円を控除して、別表1のとおり申告したところ、被告は、平成三年一月一一日付けで、本件土地の譲渡は同条項所定の居住財産の譲渡に当たらないとして別表1のとおり、原告の平成元年分所得税について更正処分をし、同時に原告に対して、過少申告加算税の賦課決定をした。

(二) 原告は、右更正処分およひ過少申告加算税の賦課決定に対して、平成三年二月一二日、異議を申し立てたが、同年五月八日付けで棄却されたので、同年六月七日、審査請求をしたところ、国税不服審判所は、平成四年三月二五日付けで、別表1のとおり分離長期譲渡所得につき一億〇〇一二万六四八三円、納付すべき税額につき二五三八万二九〇〇円、過少申告加算税につき八四万三〇〇〇円を超える部分を取り消した。

3  原告の平成元年分の分離長期譲渡所得を除く所得は、<1>不動産所得一四六万六一五五円、給与所得八一九万円、長期譲渡所得五三六万円である。

二  争点

原告の平成元年分所得税における分離長期譲渡所得について、措置法第三五条、同第三一条の四を適用ないし類推適用することができるかが争点であり、原告は、以下のとおり主張する。

1  原告は、現住居地の取得資金等の借入金を返済する必要から、昭和六三年三月二〇日、大生不動産(株)との間で本件土地及び本件旧建物の売却を依頼する専任媒介契約を締結したが、旧建物が飲食街に位置しながら、その用途が一階が事務所兼倉庫、二階は居宅、三階が従業員宿舎と飲食街に必ずしも適合しないものであったため、買手がつかず、同年七月にいたり、むしろ建物を取り壊して更地にしたほうが本件土地の資産価値が高まり、売却も容易になるとの判断から、前記一1(四)記載のとおり本件旧建物を取り壊し同年八月五日、あらためて大生不動産(株)との間で、本件土地のみを売却を依頼する専任媒介契約を締結した。ところが、本件土地は、付近に暴力団事務所が二つもあり、その関係者の店舗等で囲まれている状況にあったため、更地としても売却が容易でないことから、原告は、大生不動産(株)と相談した結果、本件土地の立地条件を考慮して、飲食店が入居できるようなテナントビルである本件新建物を建築したうえ、これと本件土地とをあせて売却することとし、前記一1(五)記載のとおり、本件土地及び本件隣接地の上に本件新建物を建築し(建築主は小松内装工業であった。)、平成元年一〇月二日、ようやく売却することができたものである。

右のような本件土地の売却の経緯に加えて、原告は小松内装工業から本件土地の借地料などの金員を一切収受しておらず、小松内装工業に借地権は存在しないことからすれば、本件譲渡時において、本件土地上に原告の居住の用に供されていない小松内装工業所有の本件新建物が存在していた一事をもって、本件土地は、「当該個人の住居の用に供されていた家屋」の敷地用に供されている土地ではなかったというべきではなく、むしろ、本件譲渡の時点においても居住用家屋の敷地と同視することができるというべきである。

2  措置法第三五条一項及び同第三一条の四第二項は、災害により滅失した居住用家屋の敷地の用に供されていた土地の譲渡についても特別控除を認めているが、右災害には人為による災害も含まれると解されるところ、本件土地は、飲食店街に位置するが、付近に暴力団事務所が二つも存在し、しかも暴力団関係者の店舗にとり囲まれる状況にあったので、前記1記載のとおり、やむなく、原告は、飲食店街における利用に適しない旧建物を取り壊し、飲食店が入居できるようなテナントビルである本件新建物を建てたうえで本件土地と合わせて売却しよとしたものであるから、本件土地は、「災害により滅失した居住用家屋の敷地の用に供されていた土地」と同視できるから、同条項の類推適用するべきである。

3  昭和四六年八月二六日付け直資四-五「措置法(山林所得、譲渡所得関係)の取扱いについて」通達三五-二及び同三一の四-五(平成元年一二月一三日付けで直資三-一〇改正前のもの。以下、右両通達をあわせて「本件各通達」という。)には、居住用家屋を取り壊した後の敷地の譲渡の取扱が定められているが、原告が本件譲渡について不動産業者と専任媒介契約を締結して、本件土地を譲渡したい旨の意思を表明したのは、本件旧建物を取り壊した直後であり、また、本件新建物は、原告の所有するものではなく、かつ、本件土地は、本件新建物の敷地として無償で供されていたものであって、貸付その他業務の用に供されていたわけではないから、右通達の規定する場合にあてはまり、本件土地は、居住用財産に該当するというべきである。

4  仮に右通達の直接の適用がないとしても、右通達は、個人が居住の用に供されている家屋を取り壊し、その敷地の用に供されている土地を更地にして譲渡した場合、右家屋に代わる新たな住居の取得が必要となのことは、家屋を敷地とともに譲渡した場合と同様であるとして、居住用財産の譲渡の特例の立法趣旨に沿って、その解釈基準を示したものというべきであるから、右通達は、事案毎に右立法趣旨に則して解釈されるべきであり、本件土地の譲渡に関する契約が本件旧建物を取り壊した日から一年三か月後に締結された場合であっても、前記1に記載したとおりやむを得ない事情があった場合には、なお、右通達を類推適用すべきである。

第二争点に対する判断

一  措置法第三一条の四第二項及び同第三五条第一項は、居住用財産の譲渡の特例適用対象となる「居住用財産」として、<1>当該個人がその居住の用に供している家屋、<2>右<1>の家屋で当該個人の居住の用に供されなくなったもの(当該個人の居住の用に供されなくなった日から当日以後三年を経過する日の属する年の一二月三一日までの間に譲渡されるものに限る。)、<3>右<1>、<2>の家屋及び当該家屋の敷地の用に供されている土地等及び<4>災害により滅失した居住用家屋の敷地の用に供されていた土地等(当該災害があった日から同日以後三年を経過する日の属する年の一二月三一日までの間に譲渡されるものに限る。)のみを規定している。すなわち、措置法は、居住用家屋を中心にして右特例を認めており、土地等については、居住用家屋ないし居住の用に供されなくなった家屋とともに譲渡される場合及び居住用家屋が災害により滅失した場合のみ、その特例が受けられる旨規定しているのである。

したがって、居住用家屋を任意に除去したうえ、その家屋の敷地に供されていた土地を譲渡する場合には、措置法第三一条の四及び第三五条は、その文言上は、適用されないから、本件旧建物を取り壊したうえ本件土地を譲渡した本件譲渡について「居住用財産の譲渡の特例」の直接の適用はない。

二  なお、乙第三号証によれば、本件各通達により、居住用家屋ないし居住用家屋で当該個人の居住の用に供されなくなったもの(以下「居住用家屋等」という。)を取り壊し、その家屋の敷地の用に供されていた土地等を譲渡した場合であっても、<1>居住用家屋等が取り壊された日の属する年の一月一日において右土地等の所有期間が一〇年を超えるものであること(なお、この要件は、前記通達三一の四-五にのみ定められているものである。)、<2>右土地等の譲渡に関する契約が居住用家屋等を取り壊した日から一年以内に締結され、かつ居住用家屋をその居住の用に供さなくなった日以後三年を経過する日の属する年の一二月三一日までに譲渡されたものであること及び<3>右土地等が、居住用家屋等を取り壊した後譲渡に関する契約を締結した日まで、貸付その他の業務の用に供しないものであることの要件をすべて満たす場合には、その譲渡については、「居住用財産の譲渡の特例」の適用があるものとして、課税の軽減措置の適用要件に若干緩和してその適用範囲を拡張していることが認められる。しかし、原告は、本件建物を昭和六三年七月に取り壊したうえ、平成元年一〇月に本件土地を譲渡したのであるから、右<2>の要件を充足しておらず、本件各通達の適用も認められない。

三  原告の主張1ないし4について

1  原告の主張1は、本件譲渡時、本件土地上には、小松内装工業所有の本件新建物が建築されていたということから、本件土地は、すでに居住用家屋の敷地としての性格を喪失していたのではないかということに関するものであり、結局、本件各通達の適用のための前記二<3>の要件に関して類推解釈するべきとする主張と解されるところ、前記のとおり、本件各通達の直接の適用は認められないから、この主張については、その類推適用の主張である3及び4の検討までしばらく置くとする。

2  原告の主張2は、措置法の各条項を類推適用すべきであるとするものである。しかし、課税要件ないし非課税要件に関する規定の文言は、法的安定性と予測可能性を確保するため、可能な限り解釈されなければならないところであり、右のような解釈によっては、税負担の公平の原則に照らして著しく不合理な結果となる等特段の事情がない限り、安易な類推適用は許されない。

かかる観点から原告の主張を検討するに、措置法第三一条の四第二項第四二号及び第三五条第一項の規定されている災害は、居住用家屋の滅失をもたらす原因となりうるものとして規定されており、その内容については、措置法がその特例を定めていのものと法律である所得法に定義規定があり、これによると災害とは、震災、風水害、火災その他政令で定める災害をいい(所得税法第二条第一項第二七号)、右政令で定める災害とは、冷害、雪害、干害、落雷、噴火その他の自然現象の異変による災害及び鉱害、火薬類の爆発その他の人為による異常な災害並びに害虫、害獣その他の生物による異常な災害であると規定されている(所得税法施行令第九条)ところである。原告の主張する事情は、そもそも居住用家屋の滅失と原因となりうるものではなく、右定義規定等のいずれかの文言を類推しうる余地がないというべきであり、しかも右特段の事情も認められないから、原告の主張2を採用することはできない。

3  原告の主張3及び4は、本件譲渡について、本件各通達を類推適用すべきであるというものであるが、通達は、そもそもの上級庁が下級行政機関の権限の行使についてする指揮であり、下級行政機関が通達に従い権限を行使し、行政処分をした場合、右通達を類推解釈しなかったというだけでは、右行政処分を取り消すべき理由はならない。

しかも、前記のとおり、課税要件ないし非課税要件に関する規定の文言は、厳格に解釈されるべきであるところ、措置法第三五条及び同第三一条の四は、非課税要件に関する規定であるから、安易に類推すべきではない。そして、原告主張の事情がすべて認められても、前記特段の事情とは考えられない。また、本件通達は、措置法第三五条及び同第三一条の四の規定要件を例外的に若干緩和し、居住用家屋を取り壊した後の譲渡についても、一定の要件をすべて満たす場合に、右規定を適用できる旨定めたもので、非課税要件に関する法規の適用と同様に、右非課税要件を緩和する本件各通達き適用も厳格に行うべきであり、安易な類推適用は許されない。本件各通達も、その括弧書きされているところからも明らかてように、居住用家屋等を取り壊し、その家屋の敷地等の上にその家屋等の所有者が建物等を建築し、右建物等とともに敷地等を譲渡する場合については、右規定の適用を排除する趣旨のものと解される。してみると、本件各通達が右規定の適用を排除している場合にまで、本件各通達を排除して要る場合にまで、本件各通達を類推適用して、右規定を適用することはできない。

したがって、原告の主張3及び4は、理由がなく採用することはできない。

なお、原告の主張1も、前記1のとおり、通達の類推解釈をすべきであるとする主張であるから、同様に採用することはできない。

四  以上のとおりであるから、原告の主張はいずれも理由はなく採用することはできない。

(裁判長裁判官 河田貢 裁判官 本多知成 裁判官 片山憲一)

物品目録

一 所在   栗太郡栗東町安養寺二丁目

番地   三二〇番一九

地目   宅地

地積   二三三・二五平方メートル

二 所在   栗太郡栗東町安養寺二丁目三二〇番地一九

家屋番号 三二〇番一九

種類   居宅兼店舗

構造   鉄骨造陸屋根三階建

床面積  一階 七七・八五平方メートル

二階 八二・八〇平方メートル

三階 四一・四〇平方メートル

三 所在   栗太郡栗東町安養寺二丁目

番地   三二〇番一八

地目   宅地

地積   一一三・〇四平方メートル

四 所在   栗太郡栗東町安養寺二丁目三二〇番地一八・一九

種類   店舗

構造   鉄骨造陸屋根六階建

床面積  六六二・三三平方メートル

別表1

原告の平成元年分の所得税の課税の経過及びその内容

<省略>

別表2

旧居宅部分の未償却残高の計算

<省略>

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